片岡聡
かたおか さとし
Kataoka Satoshi

1958年8月3日生れ

千葉県松戸市出身
榊原章二九段門下。1967年院生。1972年入段。1973年二段、1975年三段、1976年四段、1977年五段、1981年六段、1982年七段、1985年八段、1988年九段。
2014年2月27日通算1000勝達成。
棋風:冷静沈着、バランスの碁。髭を生やした大学教授の風貌。小目が多い。
揮毫:
タイトル獲得数:6個(うち世界タイトル:0個)
対局日棋戦名年齢コメント
1998年(第31期)早碁選手権戦優勝40歳
1993年(第19期)天元戦挑戦者35歳
1993年(第26期)早碁選手権戦優勝35歳
1990年(第12期)鶴聖戦優勝32歳
1983年(第9期)天元25歳
1982年(第8期)天元24歳
1982年(第7期)新人王戦優勝24歳
1979年(第5期)天元戦挑戦者21歳
1978年(2期)留園杯戦優勝20歳非公式戦
1977年(1期)留園杯戦優勝19歳非公式戦
日本棋院の情報 写真
【2007年2月26日 朝日新聞「棋士快声」】
昔無頼で現今はおしゃれで真面目な紳士と、棋士のたたずまいは様変わりである。棋士のイメージの転換に功ある一人だろう。最大の要因はジャズ好みなせいではないか。ドラムが趣味で2000年にはジャズピアニストの山下洋輔さんらと都内のホールで共演したことがある。ドラムは千葉県柏高校生のとき、校内の軽音楽同好会に属して始めた。「その頃はロックに夢中で、レッド・ツェッペリンの激しさにしびれました」
中学1年で棋士になっていたものの、手合は少なく対局料もさほどではなかったらしい。「1万2千円のシンバルを買うのに骨が折れた記憶があるな」。近年はドラムをたたくことはなく、もっぱらライブハウスやCDで聴く方に傾き、好みもジャズに変わった。ハービー・ハンコックの「深い味わいのピアノ」を楽しんでいる。
20代後半から蓄えている口ひげがトレードマーク。ひげ暦は囲碁界随一だろう。「ひげをなくすと間抜けな顔になるかもね」。バランスを大切にする棋風だ。趙治勲本因坊に挑戦し「本因坊交代か」まで追い詰めながら、3勝4敗で惜敗したのが1994年。天元2期、名人リーグ通算6期など実績はあるものの、近年は「明快かつ丁寧な解説者」の印象が強い。
山下敬吾棋聖に挑戦した小林覚九段(47)と同世代である。「リーグに入って打っていたいですね」。囲碁に触れる時間を増して刺激を受けるようにと、同世代4人の研究会を月2回開いている。

【「囲碁クラブ」1993年12月号「ヒューマン・アングル'93」】
天元戦とはとても相性がいい。最初に番碁を打ったのも天元戦。初のビックタイトルを獲得したもの天元戦。そして今期、トーナメントを勝ち上がり、9年ぶりの5番勝負へ。
「山田(規三生五段)君、結城(聡八段)君、森田(道博六段)君と若手に苦しめられたトーナメントでした。みんな21、22歳。僕より一回りも違うのにしっかりしてますよ。本当に強いですね」。片岡九段がこの年くらいにはどのくらいの"強さ"だったのだろうか。「どうだったんですかねえ?あっ、そうだ。天元戦の決勝5番勝負に初めて勝ち進んだのが、確か21歳のときですね」。クールな印象の片岡九段だが、なかなか面白い"ボケ"を聞かせてくれた。
片岡九段といえば"ヒゲ"。日本人にはあまり似合わないものだが、片岡九段はバッチリという感じがする。「9年前に天元を手放して、それから不調の時期がしばらく続きました。今から7年くらい前に気分転換のつもりで伸ばし始めました。それからはなんとなく調子がいいんですよ」。
11年前に天元位を獲得した後、"本場のジャズを聞きに行きたい"とどこかのインタビューで答えていた片岡九段。その夢はまだ実現していないが、相変わらずジャズを聞くことは多いという。ジャズを聞くと「いい碁が打てる」とも。ヒゲとジャズ。これで鬼に金棒だ。