安田泰敏
やすだ やすとし
Yasuda Yasutoshi
1964年3月1日生れ

福岡県出身
大枝雄介九段門下 1977年院生。1980年4月1日入段。1998年九段。2018年5月2日死亡。
棋風:
揮毫:

日本棋院の情報 安田泰敏九段のHP> ふれあい囲碁ネットワーク
【2011年2月13日 西日本新聞】
囲碁を通じて民族や宗教の対立を乗り越えてほしい―。日本の文化・芸術を広めるためイスラエル訪問中の囲碁棋士、安田泰敏九段(46)が13日、エルサレムの学校を訪問し、13〜14歳の生徒約30人に囲碁の楽しさを丁寧に指導した。囲碁の簡単なルールを説明、ミニチュアの紙製囲碁セットを配ると、生徒同士で対戦。友達に勝って得意になったのか「先生、僕と対戦してください」という“強者”も続出、安田さんの強さを体感し、頭を抱えていた。シール・ベンツィオンさん(14)は「少しは勝てる可能性があると思ったんだけど…」と不本意な様子。オフェル・ゴルドン君(13)は「囲碁なんて聞いた事もなかったけど、頭を使うのが楽しい」と笑顔を見せた。安田さんは文化庁の文化交流使として7カ国を歴訪中。「イスラエル人もパレスチナ人も同じ人間。囲碁が、相手と向き合い、互いの話に耳を傾ける契機になってくれればうれしい」と話した。

【2010年12月18日 毎日新聞東京夕刊(伊藤智永)】
幼児から高齢者、外国人、障害者まで、「ふれあい囲碁」と名付けて、16年近く国内外で囲碁の魅力を広めているプロ棋士の安田泰敏九段(46)が11月下旬、ジュネーブ近郊の中学校で囲碁入門を手ほどきした。11月半ばから文化庁文化交流使として、欧州・中東など7カ国を2011年2月までの約100日かけて回る長期遠征中。初めて訪れたスイスには12月上旬まで3週間滞在し、小中学校、大学、障害者・高齢者施設などを精力的に回った。未経験者向けの入門用に取り入れているのは「石取りゲーム」。初めて囲碁を見た外国人の子供でも、開始30分後には夢中で碁盤に向かい、歓声を上げる。レマン湖畔の町ブベイのゲーム博物館では、スイス人のアマ囲碁有段者向けに本格的な囲碁指導も実施した。囲碁と平和国家日本の因縁を伝えるため、1945年8月6日に行われた「原爆下の対局」(第3期本因坊戦第2局)の棋譜を解説し、スイス人の囲碁愛好家たちに感銘を与えた。

【2010年12月5日 swissinfo.ch(笠原浩美)】
囲碁棋士の安田泰敏九段がスイスへやってきた。安田氏が推進する「ふれあい囲碁」は、異言語や異文化間の壁を取り払うだけでなく、障害者に対する固定観念を突き崩す。安田氏は、教育機関、障害者施設、囲碁クラブなどを連日訪問し、土日も夜更けまで囲碁を紹介している。囲碁はふれあいのきっかけになり、人間関係の向上に役立つと語る。 

「ひとつでも命を救いたい」
日本棋院に所属する囲碁棋士の安田泰敏 ( やすだやすとし ) 氏は、文化庁から文化交流使に指名され、「ふれあい囲碁」の普及のために世界各地を訪問中だ。ふれあい囲碁とは、囲碁をベースとした分かりやすい石取りゲームで、幼児から高齢者まで誰でも楽しむことができる。相手の石を自分の石でぐるりととり囲んだら、相手の石を取ることができる。相手の石が1個でもとれたら、それでおしまいだ。
安田氏の活動は1994年ごろに始まった。教師、親、友だちとの関係に苦しみ自殺する子供たちのニュースを聞き、「ひとつでも命を救いたい」と決心した。そして関係改善のきっかけを提供できたらと、日本各地の幼稚園から大学までの教育機関を訪問し、囲碁を教え歩いた。ふれあい囲碁の効果は次第に注目を集め、訪問先は、障害者施設、高齢者施設、アルツハイマー患者施設へと広がっていった。

共同作業
安田氏は、中学2年生のときに人間関係の問題に巻き込まれ、学校を欠席するようになった。中学3年生のときは、プロ入りを目指すかどうかの瀬戸際でさらに休みがちとなり、最終的に高校進学はせず日本棋院に入学した。中学時代のこの経験もまた、現在の活動の源泉になっている。
安田氏は、ジュネーブに滞在した13日間に合計11校の小中学校を訪問。ジュネーブ市内のヴォワレ中学校を訪れた際に通訳を務めたメトラル祐貴さんは「普段は話をしない生徒もみんなに溶け込み、全員が一つになっていたと先生方が驚いていました。全員、勝ち負けにこだわらずただ楽しんで、何回も負けていた子もずっと笑顔だったのが印象的でした。今後も学校で囲碁を続けていくようです」と語った。
囲碁の特徴の一つに対局者同士による共同作業性がある。対局者はまず自分の意図を込めた碁石を盤上に置く。相手はその意思を読み取り、それに対応する意図を込めた一手を返す。両者は交互にそれを繰り返し、盤上に一つの世界を共同で築いていく。安田氏によると、このプロセスは1対1の対話に等しく、親のネグレクト ( 無視 ) などの虐待にあってきた子どもたちは、これを繰り返して行うことによって自分の存在を肯定できるようになる。また、自分の思い通りにならない相手の気持ちを汲み取る力や忍耐力がつき、感情をコントロールできるようになる。また、囲碁の対局を通して、教師や親など普段教える側の立場にある大人にも意識の変化が起こるとも言う。子どもや知的障害者は、白と黒の碁石の配列を図柄として視覚で捉え、大人より素早く攻守のポイントを見極めることができる。事実ジュネーブ日本語補習校で行われた大人対子どもの団体戦では、大人グループが連敗した。こうした立場の逆転によって、大人は子どもの可能性を信じ、潜在能力を引き出そうと前向きになる、そして子どもと同じ目線で対等に向き合えるようになると安田氏は説明する。

固定観念の打破
安田氏は、小学校3年生の時に、事故による足のけがのため3カ月間入院した。その間にお祖父さんから囲碁を習ったことが、棋士になるきっかけとなった。囲碁は、碁盤と碁石さえあれば時と場所を問わずやることができる。そして手足、聴覚、視覚 などの不自由も妨げにはならない。聴覚が不自由な場合は視覚でカバーできたりするからだ。実際日本で行われている世界アマチュア選手権には国内外からそうした障害を持った棋士が参加している。
「障害者という言葉が嫌い」と言う安田氏は、自著で「障碍者」という字を使用している。「完全な人間はいません。誰でも苦手なところ、良いところがあるのです。現代の医療や教育は人間のマイナスの部分を『ゼロ』、つまり限りなく『普通』に近づけようとしていますが、はたしてそれが本当にマイナスなのか、マイナスではなくプラスなのではないかと思うのです。人はみんな、それぞれ素晴らしい能力を持っています。そしてただ生きているだけで素晴らしいのです。わたしは障碍者に対する差別や偏見を無くしたいと考えています」
安田氏は、ジュネーブ市内の身体及び知的障害者施設「エグ・ヴェルト ( Aigues-Vertes ) 」を訪問した。ここでは、施設に通う男女6人と職員2人が対局を行った。初めはみんな「何が始まるのだろう」と緊張していたが、対局を重ねるうちに笑顔がこぼれ始めた。そして、職員対通院者の二つのグループに分かれて行った団体戦では通院者組が連勝した。2人の職員は彼らの的確な一手に驚き、感嘆していた。同日の午後にはアルツハイマー患者のデイケアセンター「リレ・デュマ ALZ ( Relais Dumas ALZ ) 」を訪問。ここでもまた当初患者たちは警戒と不安の色を浮かべていた。しかし、次第に表情が和らぎ、碁盤をもっとよく見ようと身を前に乗り出す患者も出てきた。4人の職員との団体戦では、自分の順番が待ち切れず、碁盤へ詰め寄る患者も出てきた。最善手を打ち仲間を救った患者や、勝利の一手を決めた患者は、「ブラヴォー!」と称賛の拍手を浴びてうれしそうに笑った。職員グループは連敗を喫したが、患者から健闘を讃える大きな拍手をもらって終了した。
施設の責任者エレーヌ・ブルー氏は、安田氏の訪問を受け入れた理由として、囲碁がダイナミックで施設の患者に適していると判断したこと挙げた。そして「素晴らしい時間でした。普段は警戒してなかなか出てこない人もいるのですが、今日はすぐに全員が参加できて一つになりました。みんなが引きつけられていました」と語った。

分かち合いを求めて
安田氏はヨーロッパを回った後、イスラエルを訪れる。実際に陣地争いを行っている国に、なぜ「地取り」ゲームの囲碁を紹介するのかという問いに対し安田氏は、囲碁は地を「奪い合う」ゲームではなく、「分かち合う」ゲームだと答えた。「囲碁の哲学は調和です。欲を掻けば自分がやられるのです。100%すべて取ろうとしたら破綻します。相手を滅亡させず、相手の意思を尊重しながら少しだけ自分が勝てばよいのです。相手を認めて共存するための譲り合いや思いやりが必要なのです」と語った。
安田氏は、日本で育まれた文化や思想の中には、具体的に平和と結びつくものが多々あると指摘し、「平和に対する思い」を伝えることが日本の使命だと語る。しかし、理想や理屈を伝えるよりも、まずはふれあうことが重要だと言う。「すべての人は他人とのつながりの中で役割があり、この世に必要とされて生まれてきたのです。孤立を無くし、すべての人が認めあえる社会になれば希望が見えてきます。人間は1人では生きていけません」
オーストリアとジュネーブの訪問を終えた安田氏は、12月3日から約1週間スイスドイツ語圏の各地を回る。そしてフランス、ロシアを訪問し、ヨルダン、イスラエル、モロッコへ向かう。この長い旅が終り、日本へ帰国するのは来年3月の予定だ。